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セミリタイア主夫の生活日誌

セミリタイアしたので必然的にミニマムライフになります

オススメの本 -「集団主義」という錯覚

久々に紙の本を読みました。

http://www.amazon.co.jp/「集団主義」という錯覚―日本人論の思い違いとその由来-高野-陽太郎/dp/4788511150/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1462498127&sr=8-1&keywords=集団主義www.amazon.co.jp

日本人論として語られてきた「日本人 = 集団主義」と、その比較対象になる「アメリカ人 = 個人主義」という通説を様々な角度から否定する本です。

私自身、広範な調査と統計によらない自分の観測範囲での体験や一般に紹介されているエピソードの適用範囲を大幅に拡大して民族・国民・文化の性格や標準的な行動様式として通説にすること(xx人 = yyというレッテル貼り)を好ましく思っていなかったので面白く読むことができました。 具体的には、シリコンバレーやサンフランシスコのヤッピーがたくさん働いているようなIT企業での体験やエピソードを元に「アメリカ(人)はxxだ」と言ってみたり、地元のいつメンの行動様式だけを見て「xx県人なのでyy」とか、そういうのです。

「xx人 = yyだ」という考え方をしがちな人は一度読んでみると良いと思います。


2016/5/9追記

何故「日本人=集団主義」という誤解が生まれたのかを、本書では以下のようにまとめています。

 軍国主義の時代、日本人は誰の目にも明らかな集団主義的行動を取っていた。その集団主義的行動は、当時の歴史的な状況を考慮すれば、日本人に特有のものではなく、外部の脅威にさらされた人間集団に共通の反応だったと考えることができる。

 しかし対応バイアス*1がはたらき、日本人の集団主義的な行動の原因は、「日本人の集団主義的な文化・国民性」だと解釈されることになった。通説の成立である。

 一方、欧米人が日本人について考える際には、<外集団的等質性効果>*2が働いて、日本人の等質性が過大評価されることになった。また、個々の日本人についての情報が非常に限られていたため、日本人は「マス」(ひとかたまりの全体)としてしか認識されなかった。実際に日本人に接した時にも、人種が違うので、顔つきが皆同じように見えてしまい、また、日本語がよくわからないので、個々の日本人が持っている個性をはっきりと認識することができなかった。こうして、欧米人の目には、日本人は「みな同じ」に見えてしまうことになった。このことも、通説の成立に力を貸した。

 成立した「日本人=集団主義」説に接した人々は、やはり、すぐに軍国主義時代の日本人の集団主義的行動を連想し、同じように<対応バイアス>の作用を受けて、この説の妥当性に確信を抱くようになった。戦後しばらくの間は、軍国主義時代の日本人のことは、日本人なら誰もが知っていたし、日本に多少なりとも関心のある欧米人も、その点では違いがなかった。<対応バイアス>は、日本人にもアメリカ人にも生じるバイアスである。それゆえ、「日本人=集団主義」説は、日本でもアメリカでも、圧倒的に多くの人々の支持を受けるようになった。  いったん「日本人=集団主義」説を受け入れると、<確証バイアス>*3が作用して、この説にあった証拠ばかりに目が向くことになる。この説が正しいのかどうかを考えようとすると、<符号化特性原理>*4に従って、記憶からはこの説と一致する事例ばかりが思い出され、<可用性バイアス>*5の作用で、そうした記憶に頼って「通説は正しい」という判断を下してしまうことになる。また、通説を信じている人は、日本人とアメリカ人を比較する時、「日本人は集団主義的な行動が多く、アメリカ人は個人主義的な行動が多い」という<錯誤相関>*6を認識するようになる。さらに、もし、<信念の持続>*7が起きるとすれば、はじめにこの通説を受け入れるこん虚になっていた事実が全部間違いだったということがわかったとしても、なお、「通説は正しい」という「直感」だけは残ることになるだろう。

*1:人間は、他人の行動の理由を推測する時、状況という外部の要因を軽視し、性格や能力といった内部の特性を重視する

*2:内集団にはいろいろな人がいるよ湯に見えるのに、外集団の人たちは皆似通っているように見える

*3:仮説を支持してくれそうな証拠ばかりを探すというバイアス

*4:「A(ある言葉)をおぼえるとき、B(べつの言葉)と一緒に憶えたとすると、Aを思いだすときには、Bが与えられれば思い出しやすいが、C(一緒におぼえなかった言葉)が与えられたのでは思いだしにくい」という傾向

*5:思い出しやすいものの数は過大評価しがちになるバイアス

*6:何か先入観を持っていると、現実には存在しない相関でも、その先入観にあっていさえすれば、存在すると思い込んでしまう

*7:ある信念のもとになった根拠が覆されても、信念それ自体は持続することが知られている